現代は、多様性が認められる社会になりつつあります。
ですが、恋愛や結婚、家族のあり方は、「昔ながらの当たり前」を押しつけられ、傷ついている人も多いですよね。
そんな古い価値観を少しずつ変えながら、生きづらさを克服して、自分らしく過ごそうとする人たちを描いた短編集をご紹介します。
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男だから・女だからという差別や、「普通」のありかたを、しなやかに変えていく彼らのスタイルを、応援したくなりますよ。
「大人は泣かないと思っていた」寺地はるな|登場人物
「大人は泣かないと思っていた」は、山で囲まれた九州の田舎、耳中市肘差(みみなかしひじさし)が舞台。
市町村合併の前は「肘差村」だったこともあり、昔ながらの古い価値観が根強く残っています。
そんな肘差で暮らす、20〜30代の男女が主人公。
- 時田翼…32歳、農協勤務。母親は11年前に家を出て、大酒飲みの父と二人暮らし。お菓子作りと落語を聞くことが趣味。
- 小柳レモン…22歳。ファミリーレストラン勤務。金髪だけど染めているだけで、キラキラネームの日本人。
- 時田鉄也…翼の同級生。内装工事会社勤務。あだ名は「鉄腕」。男らしく大雑把。玲子という恋人がいる。
ちなみに、翼と鉄腕は、苗字は同じだけど親戚でもなんでもなく、単なる友達関係。
彼らは、親や祖父母、そのさらに前から続く価値観に疑問を感じつつも、まっとうに誠実に暮らしている、「普通」の人たちです。
「大人は泣かないと思っていた」寺地はるな|田舎が舞台の連作短編集
「大人は泣かないと思っていた」は、メインとなる登場人物を変えながら、同じ世界で語られる連作短編集。
主人公は時田翼ですが、他の人から見た彼の姿も語られて、違う角度から深まっていくのです。
- 大人は泣かないと思っていた
- 小柳さんと小柳さん
- 翼が無いなら跳ぶまでだ
- あの子は花を摘まない
- 妥当じゃない
- おれは外套を脱げない
- 君のために生まれてきたわけじゃない
片側から見ているとわからないことも、相手の立場で語られるとすんなり理解できるのです。
大人は泣かないと思っていた|翼とゆず泥棒
時田翼は、農協へ出勤する身支度をしながら、不機嫌をまき散らす父の言葉を聞いています。
隣の家に住むおばあさん、田中絹江が、うちの家の庭のゆずを盗んでいるというのです。
翼に「現場を押さえて、あの女に注意しろ」と言い募る父。
小学校からの同級生である鉄腕(鉄也)の協力を得て、ゆず泥棒を捕らえましたが、犯人は予想外の人物で…。
子どもの頃、大人は泣かないと思っていた。そんなふうに思えるほど、子どもだった。
翼は、そう気がついたとき、本当の大人になったのかもしれません。
小柳さんと小柳さん|レモンと継父
小柳レモンは、バイト先のファミレスをクビになりました。
なぜなら、店長に頭突きしたから。理由は、言いたくない。
田舎って、噂が広まるのが早くて、しかもみんないつまでも覚えていて、しつこく話題に上りますよね。
出身高校で人となりを語られたり、その人の家庭環境を周囲の全員が知っていたり…。
5年前、17歳のときに、母の再婚で「田中」から「小柳」になったレモン。
家庭環境は複雑だし、キラキラネームだし、いろいろと良からぬことを言われてきました。
現・父親である「小柳さん」のことを、お父さんとは呼ばないし、無理に呼ぼうともしていません。
小柳さんの方も、「お父さんと呼んでほしい」なんて思ってもいないし、対等な関係を築いています。
翼が無いなら跳ぶまでだ|鉄腕と玲子
鉄腕、こと時田鉄也は、「肘差春まつり」に、彼女の玲子を呼んで、両親に会わせようとしています。
玲子は3歳年上で、離婚歴があるので、鉄腕の親は結婚に大反対。
ですが、鉄腕は「玲子はきっぱり・はっきりした性格のいい女だから、両親も玲子に会えばきっと気に入るだろう」とかなり楽観的です。
春まつりの宴会のお酒や料理は、女たちが徹夜で準備し、男たちはどっしり座って飲めや食えやの大騒ぎ。
玲子は、鉄腕の父に気に入られようと、無理に頑張って、お酌をしたり笑顔で話を聞いていますが…
鉄腕は、玲子の心を守ることができるのでしょうか?
あの子は花を摘まない|翼の母、広海(ひろみ)
白山広海は、翼の母親で、11年前に離婚して家を出ていきました。
離婚後、ビジネスパートナーの千夜子とともに、年齢を重ねた女性のための服やジュエリーのお店を経営しています。
ここ最近、広海が一人暮らししている家の玄関先に、花束やチョコレートなどのプレゼントが、ひっそりと置かれることがたびたびありました。
広海は、「きっとあの子だろう」と、今は離れて暮らす息子、翼のことを思うのです。
自分は、夫を、肘差を捨てたんだ、という罪の意識がずっと消えない広海。
広海は、世間的には離婚して成功した女社長だけど、自分の幸せだけを考えて、振り返らずに生きていくほど、強くはないのです。
妥当じゃない|農協の同僚、平野さん
平野さんは、同期の原田亜衣から、結婚(そして妊娠)報告を受けました。
平野さんの願いは、ただひとつ。
結婚適齢期に、自然に出会った相手に好意を寄せられ、順調なおつきあいを経て、穏やかで祝福された結婚がしたい…。
だから、平野さんにとって、時田翼は「妥当」なんです。
だって、職場の同僚で、独身で、少し年上で。
女子社員に雑用を押し付ける男性社員が多い中、「手が空いてるから」と会議資料の準備を手伝うような人。
だけど…時田翼には、どうやら付き合っている女性がいるようなのです。
平野さんと亜衣は、時田翼の彼女を突き止めようと動きます。
おれは外套を脱げない|時田鉄也の父、義孝
時田義孝は、妻の遠縁の飯盛春馬と、原田亜衣の結婚式に出席しています。
とにかくイライラと不機嫌なのは、肺に影が見つかってタバコをやめろと言われたから(吸ってるけど)。
そして、次男の鉄也が、最近結婚を考えていると連れてきた、離婚歴のある女が生意気だから。
玲子の影響で、三歩下がってついてくるタイプだと思っていた妻が、「これからは言いたいことを言うことにした」と宣言したのも気に食わない。
あと、肘差の祝言の伝統である「くる節」を、「そういうの、なしで」と言われたことも納得いきません。
農協で定年まで勤めて、嫁をもらって子ども3人も作って、土地と家を守ってきたのに、俺の人生のいったい何がいけなかったのか…。
「外套」は、義孝おじさんの凝り固まった価値観で、今さら変われないという意思表示なのです。
君のために生まれてきたわけじゃない|時田翼と小柳レモン
時田翼は、父親が入院し、仕事と父の見舞いとで、生活の余裕をなくしていました。
父ひとり子ひとりだから、自分が全部背負い込むしかなくて、今さら母親には頼れなくて…。
鉄腕や、平野さんなど、翼の周囲の人も同じ思いで、ご飯に連れ出したり、仕事を手伝ったりとあれこれ世話を焼きます。
誰にも頼っちゃいけない、自分でそれなりに卒なくやっていける、仕事だって生活だって…。
そんな風に気を張っていた翼ですが、知らず知らずの間に、いろんな人に助けられて、支えられていたのです。
誰も、誰かのために生まれてきたわけじゃない。
翼は、父親の面倒を見るために生まれてきたわけじゃない。
だけど、それを自分で選んで生きてきました。これまでも、これからも。
男尊女卑の古臭い呪いを解いていく物語
女は男を立てて、三歩後ろを歩くべき。
飲み会の席でお酌をしない女は気が利かない。
年配者に口答えをするな。
そんな古臭い、呪いのような言葉たち。
30年くらい前は普通だったかもしれないけれど、時代は変わって世の中は良くなっているのです。
古い価値観をぶっ壊す、なんて強い意志があるわけじゃなく、ただひたすら自分が居心地良く過ごしたいという、切なる気持ちで動いているのです。
お菓子作りが好きな翼も、ガサツで力強い鉄腕も、自分らしさを貫けるように。
「大人は泣かないと思っていた」寺地はるな|古い価値観を変えていく爽快な小説
今の世の中は、いろんな価値観が入り乱れていて、正しさを見失うこともしばしば。
自分の意見や考え方を、強く押し通せる人ばかりではありません。
そんな世界で、やるせなさや生きづらさを抱える、20〜30代の方にこそ、読んでほしい作品です。
今すぐ世の中が変わる、魔法みたいな特効薬はないけれど、私たちが伝え続けることで、少しずつ自分らしくいられる社会になるといいですね。
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「大人は泣かないと思っていた」著者の寺地はるなさんのコメント
Twitterで著者の寺地はるなさんにこの記事をご覧いただきました。
ありがとうございます😊 https://t.co/3BrF9SM4QO
— 寺地はるな (@tomotera0109) January 19, 2020
こうして、作者さんに感想記事を読んでいただけること、読書ブログ運営の醍醐味だなぁと感じます。
ファンレターにお返事を頂いたような気持ちで、とてもうれしい!
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連作短編集というスタイルの小説が好きです。
各作品の関連を探すのもワクワクするし、ひとりの視点よりも、より多くのメッセージが伝わる気がするから。
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