日常に溺れそうになりながら、なんとか泳いでいる…そんなギリギリのところを、食べ物に救われる。
ヒリヒリとした緊張感を、やわらかくほぐしてくれるような作品をご紹介します。
登場人物たちは、それぞれ無理をしながらも、社会に適応しようともがいています。
今はキツくて苦しくて、それどころじゃないかもしれないけれど、おいしい食べ物はきっとこれからの力になる。
食べることは、体にも心にも欠かせない栄養だと再認識することでしょう。
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」を解説するよ!
この記事には多少の引用やネタバレを含みます。まっさらな気持ちで読みたい方はお気をつけください。
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」彩瀬まる|あらすじ・内容
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」は、食べものを通じて変わっていく人間関係を描いた短編集です。
- ひと匙のはばたき
- かなしい食べもの
- ミックスミックスピザ
- ポタージュスープの海を越えて
- シュークリームタワーで待ち合わせ
- 大きな鍋の歌
作品間での登場人物のつながりはなく、独立したお話。
食べることで救われたり立ち直ったり、逆につらい体験と結びついていたり、食べ物にまつわる記憶を元にした「食べものがたり」。
とはいえ、食べ物がメインになるわけではなく、慎ましやかに生活に溶け込み、物語を引き立ててくれます。
むやみに主張するわけでもなくて、主人公たちの暮らしをサポートしてる感じだよ。
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」彩瀬まる|6つの短編集
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」の短編たちを、ひとつひとつご紹介します。
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」彩瀬まる|ひと匙のはばたき
ありがたい環境だけど、甘えちゃいけないとも思ってるみたい…。
最近よくお店にくる、かわいらしい常連の清水さんは、鶏肉を食べません。
沙彩は、母に無理やり連れられて行った百貨店のコスメカウンターで、偶然彼女に接客をされることに…。
清水さんは、親しくなってみても、すこし不思議でふわふわしていて、本音を隠すつかみどころのない人でした。
ところが、ある日「鳥」をきっかけに清水さんに変化が訪れます。
きらわれることが一番怖かったけど、今は、自分のことを自分で決められなくなることの方がずっと怖い。
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」彩瀬まる|かなしい食べもの
透は、ものづくりに憧れ、昇降機の製造会社で働いています。
恋人の
透は手先が器用だし、作るのは問題ないね。
もともとふたりは料理合コンで知り合ったもんね。
透は、早口の会話を追うのが苦手で、ゆっくり噛みしめるタイプ。
灯の実家に連れて行かれ、親族の怒涛の早口トークに翻弄される中、枝豆パンが灯のいとこの思い出の食べ物だと知ります。
灯の初恋の人、なのかな…?
ゴタゴタしてるときに救ってもらった人と食べ物は、感情と結びついてしまうのかも。
もう枝豆パンは作らない、と言う透ですが、ふとしたことから灯が自分のペースに自然と合わせてくれていたと気づきます。
こういうことがあるんだなあ、と思う。ゆっくりと歩いてきた道のかたわらに「ああ俺のためのものだ。俺を待っていてくれたんだ」というものが立っている。それは本かもしれないし音楽かもしれない。技術かもしれない。学問かもしれない。メリーゴーランドかもしれない。俺にとっては、人の形をしていた。
ずっとメリーゴーランドは見るだけで乗らずにいた灯が、透が設計を手がけたメリーゴーランドに乗るところ、胸にグッと来るものがありますよ。
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」彩瀬まる|ミックスミックスピザ
小百合は、取引先の接待の帰り、後輩の男の子と衝動的に関係に及んでしまいます。
家庭に不満があるとか、彼が魅力的だったわけでもなく…自分でもよくわからないんだね。
夫の晴仁は、仕事のストレスから精神的な病になり、休職。
子どもの世話、手伝いに来てくれる義母への遠慮、夫にも優しくしなくちゃ、大黒柱になる可能性があるから仕事をおろそかにはできない…。
そんな混沌とした状況から逃げ出したくて、魔が差したのかもしれません。
小百合は、自分が何を求めているのか、晴仁が本当は何を考えているのか、もう一度向き合います。
結婚すると私たちは「立派」を積み上げ始める。
「立派」を脱ぎ捨てて、ふたりの好きなものを我慢せずに食べて…間違えても何度でもやり直せる、救いのあるラストです。
荷は増え続けるだろう。それでも、二人で行く。冒険は続いている。
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」彩瀬まる|ポタージュスープの海を越えて
会社員の素子と保育士の珠理は、幼なじみ。お互い今は、働くお母さんです。
ふたりは、息抜きに遠くへ出かけようと、日帰り温泉ランチ付きプランで旅立ちます。
夕方には帰ってこられるプランで、ささやかな楽しみ方だね。
子どもや夫の好み、時間がない中で作れるもの、栄養バランスのために野菜を食べさせなくちゃ…そんなことをグルグル考えていたら、自分がなにを食べたいのか、わからなくなります。
スーパーで鶏肉を買うか買わないか迷う描写、めっちゃ分かる〜!
今はもう子どもも大きいし、食の悩みはほとんどないけど…昔は苦労したなぁ。
早くに母親を亡くした素子は、母の好きな食べ物を知りません。
子どもの頃に、母が作ったご飯をたいしてありがたがっていなかった過去が、ちくりと胸を指します。
一方で、子どもや夫の好きな食べ物を把握して日々の食卓を采配しつつも、自分の好物を誰も知らないだろうとも思う。
なんだか、家族なのにちょっとさみしいね。
不思議な夢の中で、お母さんを彷彿とさせる体験をして、リフレッシュしてまた日常に戻っていくふたりが、清々しいのです。
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」彩瀬まる|シュークリームタワーで待ち合わせ
幸は、4歳の息子を、不慮の事故で亡くしました。
幼なじみで料理研究家の夜子は、とっさに我が家に幸を隔離し、食べやすい食事を順に与えていきます。
家族が混じると個人が希薄になることを嫌い、結婚したいとか家族を作りたいという感情とは無縁で生きてきた夜子が、幸を生かすための料理を作る…。
毎日毎日、生きたいと消えたいの境界をさまよいながら箸を使う友人の口を、食の誘惑でこじ開ける。
食べ物がもつ生命力が伝わって、生きるしかないなって思うね。
幸の意思を無視して迎えにきた夫を追い返して、ふたりはひたすら食べること、生きること、生かすことに専念します。
きちんと食べて、自分を受け入れてくれる居場所があれば、いずれ立ち直れるのです。
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」彩瀬まる|大きな鍋の歌
難治性の病を患った万田のもとに、調理師学校で同期だった松っちゃんがお見舞いに訪れます。
腕の立つ料理人だけれど、妻には出ていかれ、娘には鈍感で無神経と言われる松っちゃんは、人生の終わりが見えている万田に、どう接していいかわかりません。
食べるものを扱ってきた人だからこそ、どうしてあげたらいいか、わからないんだろうね…。
松っちゃんは、離婚初、万田に娘の
そのときは幼かった野栄も、今は受験生。
かつて、シチューを作って自分を救った父の友人が、今にも命の灯が消えそうになっている…。
平気なふりができない野栄、平気なふりしかできない父親の松っちゃん。
冷たいのかな?と思われがちだけど、これしかできないものかもね。
これまでのお話とは打って変わって、死期に向かい徐々に食べられなくなっていく男のお話。
食べることは生きることであると同時に、食べられなくなることは死に向かうことなのだと、実感させられます。
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」彩瀬まる|まとめ
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」は、食べものと人と人のつながり、人間関係の変化を描いた作品。
全編に共通しているのは、登場人物の視線があたたかいこと。
大切な人に料理を作るように、自分の食べたいものを食べるように。
そうすることで、ひとりひとりの人生を慈しむのです。
最近元気が出ない、何のために生きてるんだろう…っていう人に読んでほしいな。
適当な食事で済ませることもできるけれど、自分の欲望に忠実に、食べたいものを食べてみよう。
ジャンキーな食べものが恋しくなる日もあっていいじゃない。
この作品が、食事と人間関係を見直すきっかけのひとつになればいいなと思います。
自分の食べたいものがわからなくなっている人は、ちょっとした逃避行に出かけてもいいね!
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