「瞬一は東京に出ろ。東京に出て、よその世界を知れ。知って、人と交われ」
群馬の田舎で暮らすじいちゃんの言葉に背中を押されて、高校卒業と同時に上京した青年の、まっすぐでひたむきな成長ストーリーをご紹介します。
小野寺史宜さんの描く人物は、ありのまま等身大の姿を見せてくれます。
両親を亡くした痛みを抱えてはいるけれど、それだけにとらわれていないところもリアル。
2019年本屋大賞第2位の「ひと」と対をなす、新たな青春小説です。
「まち」小野寺史宜|登場人物・あらすじ
「まち」は、田舎から都会に出てきて、東京でひとり暮らしをしている青年が主人公。
- 江藤瞬一…主人公。故郷を出て、東京の荒川沿いのアパートで暮らしている。
- 江藤紀介…瞬一の祖父。尾瀬ヶ原が広がる群馬県利根郡片品村で、歩荷(ぼっか)をしていた。
- 江藤紀一・千枝子…瞬一の両親。旅館「えとうや」を経営していたが、瞬一が9歳の頃に火災で亡くなった。
瞬一が小学三年生のとき、両親は火事で亡くなりました。
故郷で「えとうや」という宿屋を経営していた両親の死は、自分のせいではないか…とずっと思って生きてきました。
なぜなら、瞬一が家の中にいるのではないかと思って、探しに入ったような形跡があるから。
でも、そのとき瞬一は友達の家に遊びに行っていて、家にはいませんでした。
もし、あのとき…という考えが頭から離れないまま、大人になった今も、火が怖い気持ちが残っています。
ですが、瞬一はそんな過去にとらわれてクヨクヨするタイプではありません。
両親のことを忘れたわけではないけれど、じいちゃんや周りの人に感謝しながら、前向きに生きています。
歩荷とは、荷物を背負って山を歩く仕事
歩荷(ぼっか)あるいはボッカとは、荷物を背負って山越えをすること。特に、山小屋などに荷揚げをすること。また、それを職業とする人。
歩荷は、最大100kgもの荷物を運ぶこともあり、体力と気力が必要な仕事。
体を動かすのが好きで、自然に愛されていて、どんな状況にも適応するところは、瞬一にも受け継がれています。
ですが、じいちゃんに「この仕事に先はない」「お前は東京に出ろ」と言われ、素直に東京に出て働くことにします。
じいちゃんがいつか一緒に暮らす可能性も考えて、2DKの部屋を借りている瞬一の気持ちが、じんわり心に染み渡るのです。
東京の「まち」で関わる人たちとの縁が、瞬一を支える
群馬から東京に出てきた瞬一は、就職も決まっていないフリーター。
ですが、住んでいるアパートの筧ハイツでも、これまでのバイト先でも、いろいろな人と関わり、支えられてきました。
- 野崎万勇(まんゆう)…引っ越しバイトの同僚。頭に血が上りやすくケンカ早いけど、いいヤツ。
- 狭間ゆず穂…引越し会社の事務員。万勇に8回告白されている。
- 君島敦美・彩美…筧ハイツのお隣さん。シングルマザー母娘。アパートに出た虫を瞬一がやっつけてあげた縁で仲良くなる。
- 笠木得三…筧ハイツの1階下に住んでいる。瞬一の真面目さを買って、いろいろ世話を焼いてくれる。
- 井川幹太…筧ハイツの住人。コンビニバイトで知り合う。瞬一に引越バイトと図書館の使い方を教えた。
瞬一は、コンビニでしばらく勤務した後、引っ越しのバイトで働いています。
働きぶりはよく、辞めたあともコンビニで世間話をしたり、「おにぎり100円セールの日は江藤くん来るわね」とイジられたり、愛されているのが伝わります。
敦美さん、彩美ちゃん母娘とは、ゴキブリ退治をきっかけに親しくなりました。
一見何気ない出来事が、人生を振り返ると大きな転機だったりするもの。
ちょっとした縁から、自分にとってかけがえのない出会いに発展していく…。
そう考えると、これまで関わってきたすべての人を、大切にしたい気持ちになります。
ときには、渥美さんの元夫のように、許せない人もいるし、取り返しのつかない後悔もあるけれど…。
それも含めて人生なのかな、と気づかせてくれます。
小野寺史宜の他の作品とのリンクあり
「まち」には、小野寺史宜さんの他の小説の登場人物が出てきます。
「ひと」に登場した、「おかずの田野倉」がチラッと出てきて、ちょっと嬉しくなりました。
「ライフ」に登場した、井川幹太は、瞬一に引越バイトのことや、図書館の楽しみ方を教えてくれます。
小野寺史宜さんの小説って、登場人物の名前をとても大切にしていて、ちょっとした関係性の人でも、漢字までフルネームで出てきます。
作者さん自身が、作品の登場人物を、ひいては人を大事にしているんだろうなと感じます。
「まち」小野寺史宜|瞬一の決意に胸を打たれる結末
体を動かす仕事が好きだから、引越バイトをしているけれど、瞬一自身、ずっとこのままでいいとは思っていません。
いつかは、自分の一生をかけて続けられる仕事を見つけたいはず。
同じアパートの得三さんは、瞬一の真面目で誠実な人柄を気に入って「弟が社長をやっている会社で働かないか」と声をかけてくれます。
これも、瞬一が、この町で暮らして、人と関わりながら得た信頼の賜物。
その話を受けるのもひとつの手段だし、バイト先の引越し会社の正社員になる道もあります。
しっかりしているようで、つかみどころのない瞬一が、どんな決断をするのか…。
私は、瞬一の決断に、かなり驚きました。
ずっと見てきた親戚の子が、いつの間にか大人になっていたときのような感覚。
かつてじいちゃんが瞬一に言った、「頼る側じゃなく、頼られる側でいろ。」という言葉の通り。
トラウマになっている火とも向き合って、自分と周囲の人との関係を見つめた上での答えを、応援したい気持ちになりました。
「まち」小野寺史宜|魅力を語るのが難しい作品
次に感想記事を書くのは
📕「まち」小野寺史宜…なんだけど、うまくまとまらなくて数日経ってる🤔
なんでだろう、言葉にできないんだよなぁ💦— シーア🍀よくばりブロガー (@seer1118b) February 7, 2020
「まち」は、私が記事で語れば語るほどつまらなくなってしまうというか、言葉では魅力が伝えきれません。
瞬一にとって、両親を亡くしたことは大きな出来事だけど、傷を克服するためだけのストーリーではなくて。
なんでもない日々を過ごす幸せを、自分で守っていくんだという決意、そこに至るまでの過程。
ひとりの人間の生き様を体感してください。
関連記事
小野寺史宜さんは、どの作品を読んでも読後感が良く、「読んでよかったな」と感じる作家さん。
2019年に読んでよかった本のひとつに、小野寺史宜さんの「ひと」を挙げています。
本を読みたいけれど、かさばるから持ち運びにくい、置く場所がない…とお悩みの方には「Kindle」がおすすめ。
いつでもどこでも、片手で読めるから便利。
私は、防水のiPhoneをお風呂に持ち込んで、Kindleで読書しています。
日替わり・週替わり・月替わりでセールがあるほか、Kindle Unlimitedでは、月額980円(30日間無料)で読み放題のタイトルもあるので、チェックしてみて下さいね。