この国の人間関係は二つしかない。密告するか、しないか…。
たった30年ほど前、ベルリンの壁が崩壊する直前の東ドイツは、実際にそんな社会だったのです。
東ドイツ・ドレスデンを舞台にした、音楽と歴史の壮大なエンターテインメント小説をご紹介します。
「革命前夜」 須賀しのぶ
隣人すら信用できない、緊迫した世情で、音楽という言葉を超えた命題に挑む彼ら。
良くも悪くも、時代に翻弄され、音楽に救われ、そして叩きのめされ…。
息苦しい東ドイツを、ピアノの美しい音色が駆け抜けていく、ハラハラドキドキのストーリーは必見です。
「革命前夜」須賀しのぶ|登場人物
「革命前夜」は、1989年のドイツが舞台。
シュウは、バブル期の日本を飛び出し、ベルリンの壁に隔てられた「情報の谷間」である東ドイツ・ドレスデンに留学してきました。
- 眞山柊史…バッハに惚れ込み、ピアノに打ち込むために東ドイツにやってきた留学生。仲間からは「シュウ」と呼ばれる。
- クリスタ・テートゲス…謎のオルガン奏者。東ドイツのシュタージ(国家保安省)に監視されている。
- ヴェンツェル・ラカトシュ…ハンガリーの留学生で、バイオリン奏者。気まぐれで奔放だけど、演奏の腕は確か。
- イェンツ・シュトライヒ…技術力の高い正確な演奏、誠実な性格。シュウの信頼する友人。妻のガビィもチェロ奏者。
他にも、留学先の音楽大学には、個性的で才能あふれる、各地からの留学生がいます。
北朝鮮の留学生・李や、ベトナムの留学生ニェットら…誰もが、東ドイツの灰色の空の下、革命に巻き込まれていくのです。
バッハに憧れる一心で、世間や政治には関心を示さなかったシュウも、例外ではありません。
「革命前夜」須賀しのぶ|あらすじと内容
昭和が終わった日、眞山柊史は東ドイツに降り立ちました。
第二次世界大戦の爆撃跡が残る東ドイツは、西ドイツに比べて貧しくて暗くて陰鬱ですが、音楽だけは街のいたるところに満ちています。
環境の変化で心が折れそうだったある日、教会のオルガンでバッハを弾く、金髪の美女・クリスタと出会います。
その演奏とミステリアスな表情に、衝撃を受けるシュウ。
彼女にもう一度会いたい…。
街中で偶然再会できたのに、クリスタは「外国人は苦手なの」とバッサリ。
それでも、クリスタの行きつけの店に通いつめ、ようやく話ができる関係に…。
クリスタは、東ドイツの国家保安省、シュタージの監視対象者。
理由は、西ドイツへの移住申請を出したから…。
相互に監視し、監視される社会。
自分が親しい友人だと思っていても、角度を変えれば違う表情を見せる不気味さ。
距離が縮まるにつれ、クリスタの過去や本当の目的を知り、彼女を守りたい気持ちに突き動かされるのです。
わがままで奔放なヴェンツェルと、正確な演奏でいい奴のイェンツ
シュウは、バイオリン奏者のヴェンツェルに気に入られ、大学内の演奏会で伴奏パートナーを務めることになります。
実際に、前のパートナーだったニェットは、自殺未遂するほど追い詰められました。
演奏でも言動でも強烈な個性を放つヴェンツェルに振り回され、ひとりになればクリスタのオルガンが耳をちらつき、自分らしさを見失います。
李には「木っ端微塵」と言われる始末。
だけど、ヴェンツェルの音に魅せられる部分もあるし、何より、シュウは止められると反抗したくなる、あまのじゃくなタイプ。
「ここでやめたら逃げるみたいじゃないか。ヴェンツェルに飲み込まれっぱなしじゃ、こんな所まで来た意味がない。僕はこのままで、自分の音を取り戻すよ」
シュウがイェンツに言ったセリフはかっこよくて、周囲に反対されても東ドイツへの留学を貫いたのと同じ、意志の強さが見えます。
暗くて窮屈な時代でも、人の感情や覚悟、つながりや関係性は、変わらないのだなと思うのです。
ハインツ氏、ダイメル家との交流|家族でも監視の目から逃れられない
シュウは、東ドイツ留学に、もうひとつ目的がありました。
父の旧い友で、長く文通など親交のあった、ハインツ・ダイメル氏のお墓参り。
ダイメル一家は、シュウをもてなし、ハインツ氏が作曲した、ピアノやバイオリンソナタの楽譜を譲ってくれます。
特に、14歳のニナはシュウに懐き、日本の話を聞きたがります。
ですが、普通の幸せな一家に見えるダイメル家にも、裏事情がありました。
家族でも、監視の目は逃れられません。
ひとりでも、西への亡命者が出れば、一家もろとも…。
ニナは、ドレスデンのシュウの下宿に転がり込んできて、助けを求めます。
知り合って間もない、日本からの留学生に頼るしかないほど、誰も信じられないニナが痛々しいのです。
音楽の描写が素晴らしい!ピアノが聞こえてくる小説
「革命前夜」の魅力は、作者の須賀しのぶさんの卓越した筆力にあります。
特に、ピアノやバイオリン、オルガンなどの音楽を文章で表現することにかけては、音が聞こえるかのようにのめり込んでしまいます。
登場する作曲家は、シュウが尊敬するバッハはもちろん、ラフマニノフ、シューベルト、メンデルスゾーンなど、クラシックに疎くても知っている曲ばかり。
また、ハインツ氏の楽譜は、作品中でも重要な役割。
現実にはない曲なので、耳で聞くことはできないけれど、想像力をかきたてられます。
「革命前夜」須賀しのぶ|時代と音楽に翻弄される青年の運命
日本が高度成長期で浮かれている頃、密告するか・しないかの探り合いが日常の国があった事実。
教科書だったら数行でまとめられてしまう歴史の中にも、苦しみながら生き抜いた人たちがいるのです。
私たちも、新しい時代を迎えられるといいね。
ニェットが、とびきりの笑顔で言った言葉が胸に染み渡ります。
いつの時代も、問題や課題が山積みだけれど、そのひとつひとつに真摯に向き合った先にしか、未来はないのです。
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「革命前夜」は、ベルリンの壁の崩壊直前、1989年のお話。
終戦から45年も経っていますが、戦争の影響がまだまだ残っています。
直接的・間接的問わず、戦争をめぐる小説をご紹介している記事をまとめました。
1945年、第二次世界大戦が終わった直後のドイツを舞台にした「ベルリンは晴れているか」も、壮大なミステリーです。
歴史はつながっていることを感じられますよ。
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