家族を亡くし、よりどころを失った青年が、水墨画によって人生を取り戻す。
静かな情熱を感じる物語をご紹介します。
著者自身も水墨画家という、圧倒的な説得力をもって、第59回メフィスト賞に輝きました。
2019年、コミカライズ化されて、注目を集めている作品。
青山くんの、秘めたる才能が開花し、ゆっくりと悲しみが癒やされていく様子は、何かを失ったことのある人には染み渡るはず。
「線は、僕を描く」砥上裕將|登場人物
「線は、僕を描く」は、水墨画をテーマにした、人間の再生と成長の物語です。
- 青山霜介…主人公の大学生。高校生で両親を失い、喪失感とともに生きている。
- 篠田湖山…水墨画の巨匠。霜介の才能を見出し、弟子にする。
- 篠田千瑛…湖山の孫で、花卉画が得意な若き水墨画家。情熱的な美貌の持ち主。
- 西濱湖峰…湖山門下二番手の水墨画家。見た目は運送屋みたいで豪快な性格。
- 斉藤湖栖…湖山賞を最年少で受賞した、完璧な技術と容姿をもつ美男子。
- 古前くん…青山くんの自称親友。いつもサングラスで格好つけている。
- 川岸さん…青山くんと同じゼミ。母親の影響で水墨画に興味あり。カフェでバイトをしている。
ストーリーは、主人公の青山くんと、周りの人々が関わることで進んでいきます。
「線は、僕を描く」砥上裕將|あらすじと内容
青山霜介は、一人暮らしの大学生。
両親を亡くした痛みが消えず、ガラスケース越しに世界を見るような、無感動で無関心な日常を送っています。
青山くんは、親友の古前くんに半ば押し付けられたバイトをきっかけに、水墨画の巨匠・篠田湖山に出会います。
そのバイトは、水墨画の展覧会のパネル運び。
青山くんと水墨画を鑑賞している中で、「君は眼がいい」と気に入られ、その場で内弟子にすると言い出します。
しかし、湖山先生の孫、千瑛は「こんなひょろひょろで弱っちそうな人、まったく気に入らない」と受け入れません。
あれよあれよという間に、青山くんと千瑛は、来年の湖山賞をかけて対決する流れに…。
ふたりの関係がどうなっていくのか、そして勝負の行方は…?
水墨画は線の芸術。生命を描く絵画
水墨画は、日本で暮らしていても、あまりなじみのない画法ですよね。
水墨画で描かれるテーマは、花や風景がメイン。
日本の自然の美しさを、森羅万象に宿る生命を、墨で表現する絵画です。
絵の技術も大切ですが、それよりも、対象をよく観察する眼と、生命を心で感じることが重要。
千瑛の薔薇の水墨画は、墨で描かれたモノクロなのに、本物以上の「赤」を感じます。
現代のシンデレラストーリー? 傷ついたからこそ見えるもの
人のいいおじいちゃんみたいな湖山先生に「今度、うちに遊びにおいで」と誘われる青山くん。
水墨画に詳しくない人でも知っている大先生に声をかけられるなんて、すごいことなのに、青山くんは世間知らずでぼんやりしています。
アイドルのスカウトのようなもので、一見よくあるシンデレラストーリー。
真剣に水墨画の道を追い求めている、千瑛のような人から見ると、青山くんの存在は腹立たしく思うでしょう。
ですが、青山くんが見初められたのは、ただのラッキーではありません。
悲しみを経験したからこそ、生命の輝きを見抜くことができ、人の痛みがわかる。
そんな青山くんだからこそ、水墨画の才能を感じられたのです。
僕が線を描くのではなく、線に描かれる僕
読み始める前、「線は、僕を描く」というタイトルに、なんとなく違和感がありました。
ですが、読み進めていくと、タイトルの意味がすんなり理解できます。
青山くんは、突然両親を失ったことで、この世界から隔離されたような状態。
彼は、生命を描く水墨画に触れて、生きている実感を取り戻し、自分を再構築していくのです。
水墨画を描くことで、青山くん自身の輪郭もなぞられていく…。
墨で線を引き、人と関わることで、青山くんはこの世界に少しずつ居場所を手に入れていくのです。
「線は、僕を描く」砥上裕將|水墨画を通じて再生していく青年の成長物語
最初は、身の回りに無頓着で、何も感じず、考えず…流されるままに生活していた青山くん。
ですが、湖山先生、そして水墨画との出会いでゆっくりと回復していきます。
千瑛との関係も、青山くんに大きな変化をもたらしました。
水墨画と向き合うことは、自分の心の中を見つめること。
青山くんは多くを語るタイプではありませんが、だからこそ、静かに感動できる作品ですよ。
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