ダンスや絵画、演出など…世の中には、特別な才能を持つ人がいます。
その人がわずかにステップを踏むだけで、世界が変わるような才能。
芸術には正解はないけれど、脚光を浴びるには実力と運の両方が必要だよね。
神に選ばれるために挑戦し続ける、狂気と孤独の物語をご紹介します。
公演初日の3日前に、主演に抜擢されたダンサーが音信不通になるという、不穏な幕開け。
自分にはこれしかない、とすがりつく気持ち、本当に手が届くだろうかという不安。
芸術に魅せられた人たちを肌で感じて、読者である私も、人生を見つめ直さなければ…と焦りを感じました。
人生が変わる可能性を秘めた、力のある作品ですよ。
「カインは言わなかった」を解説するよ!
「カインは言わなかった」芦沢央|登場人物
「カインは言わなかった」には、監督やバレエダンサー、画家など、芸術家たちが数多く登場します。
- 嶋貫あゆ子…大学生。誠の恋人で、カイン役にのめり込んでいく誠を心配していた。
- 藤谷誠…公演の主役、カインに選ばれたダンサー。あゆ子の恋人。突然音信不通になる。
- 誉田規一…HHカンパニーのカリスマ芸術監督。徹底的に演者をしごきぬく暴君。
- 尾上和馬…誠のルームメイトで、HHカンパニーの後輩。あゆ子の高校時代の同級生。
- 藤谷豪…画家。露骨なヌードなど独特の画風。誠の異父弟で、フランス人とのハーフ。
- 皆元有美…豪の恋人。不動産会社で働いている。
- 望月澪…豪の絵のモデル。特別な存在感を放つミューズ。
豪は、兄の誠と違って、奔放な女性関係を持っています。
無自覚でありながら、関わった女性たちを精神的に支配し、虜にしてきました。
- 松浦久文・和香子…娘の穂乃果がダンスの自主練習中に熱中症で亡くなったことから、誉田の責任を追及。
- 江澤智輝…誉田のしごきで才能を潰された元団員を集めて、被害者の会を結成している。
誉田はダンサーを威圧的に追い込むことで、ありきたりではない表現を求める監督。
そのため、世界的に評価されながらも、同時に多くの恨みを買ってきました。
誉田のやり方、私はちっとも好きになれないけど…従ってしまう団員の気持ちもわかるよ。
「カインは言わなかった」は住野よるさんのおすすめ
私が「カインは言わなかった」を知ったのは、住野よるさんのツイートがきっかけ。
「今年いちばん面白かった小説」として紹介されていました。
現在、住野よるさんはツイッターアカウントを削除されています。
作家も、ダンサーと同じく表現者。
才能やチャンスが与えられた側、与えられなかった側という視点で考えるのではなく、自分がぼろぼろになっても突き詰めて努力していくことに感銘を受けたといいます。
「カインは言わなかった」芦沢央|あらすじと内容
あゆ子は、恋人の誠からの不在着信、そして短いメッセージに動揺します。
カインに出られなくなった
誠は、HHカンパニーの次の公演で、主役であるカインを演じることになっていました。
旧約聖書で、人類最初の殺人として描かれた「カインとアベル」が題材。
弟のアベルに嫉妬し、殺人に至るカインの気持ちを表現するため、ろくに眠らず、極限まで自分を追い込んでいた…。
練習に集中したいからと、あゆ子としばらく距離を置いていました。
それだけ情熱をかけていたカインに出られなくなったって、どういうこと…!?
心配になったあゆ子は、誠とルームシェアしている尾上に連絡を取りますが、そのうち尾上も音信不通に。
誠と尾上は、お互い他人を家に連れてこない約束にしていたから、あゆ子は住所を知らなかったんだ。
あゆ子は、誠の故郷や実家など、実はなにも知らなかったことに気づき、愕然。
誠の過去のインタビュー記事から、弟の藤谷豪を探し当て、金沢の実家と思われる土産物屋にたどりつきます。
なんだか恋人なのにストーカーみたいで、心が痛いよ…。
「カインは言わなかった」で描かれる、芸術への探究心
誉田のしごきは、読んでいて気分が悪くなるくらいしんどいよ…。
誉田のやり方は、徹底的にダンサーたちのこれまでの実績や努力を否定し、過去をぶち壊していくもの。
限界を突破して生まれる、新たな境地。
自分の舞台にかける、異常なまでのこだわりが、彼をそうさせるのでしょう。
だけど、こんなのくり返してたら、誉田に気に入られるためにみんな必死になって、表現どころじゃないよ。
尾上は、誉田にしごかれている間、「このシーンでは何をどう表現すべきか」ではなく「誉田は何を求めているんだ」「どうすれば誉田に認められるか」ばかり考えています。
芸術という観点では、尾上の考え方はきっと間違っている…だけど、誉田が絶対神であるHHカンパニーにいると、そうなってしまうのも理解できます。
「誉田に認められれば、脚光を浴びるスターダンサーになれる」と期待する気持ち、夢を追いかけたことがある人は、きっと共感できるはず。
彼らは、誉田が命じれば、どんなに理不尽なことでも飲み込むでしょう。
たとえ役をおろされても、これまでの自分の踊りを否定されても、意味のわからない練習をさせられても、文句を言わずついていく…誉田は、特別だから。
誉田のやり方が正しいとは言えないし、正当化したくもないけれど、それほどまでに、誉田は、バレエダンサーにとっては絶対的な存在なのです。
「カインは言わなかった」は、無から有を生み出す人の希望
立ち直れないほど心が折れて、ダンスを辞めてしまう人もいるよね。
芸術の世界でやっていこうと志す人たちは、さまざまな苦難を乗り越えて今に至っています。
例えば、このような言葉をかけられてきたことでしょう。
- ダンスや絵なんて、子どもの遊びの延長だ
- ダンサーとして食べていくなんて、一部の選ばれた人にしかできない
- いつまでも夢みたいなことを言わないで、現実を見ろ
輝かしいステージに立てれば、周りから称賛され、認められますが、江澤 のように挫折してしまう人も多いのです。
だけど、最後にある人物が、こんなことを言いました。
「それは追い込みますよ。そうやって追い込まれる中で、ありものじゃない表現を見つけていくんだから」
このセリフは、無から有を生み出す人にとっての希望だと感じました。
「カインは言わなかった」犯人は最後までわからない
「カインは言わなかった」の冒頭シーンの殺人は、誰が誰を殺したのか…。
もちろん、最後まで読めば結末はわかるけれど、真実は最後の最後までわからない、という感覚が色濃く残ります。
だって…誰が誰を殺していてもおかしくなかったと思うよ。
ミステリー小説でいうと、犯人やトリック、アリバイなどが着目されますが、現実はそんなシンプルな問題ではありません。
「カインは言わなかった」は、一歩踏み外せば、誰にでも起こりうる物語なのです。
「カインは言わなかった」の登場人物の思い
「カインは言わなかった」では、ほかにもさまざまな立場の人物が語り手になります。
豪に大切にされていないと感じつつも、固執してしまう有美の気持ち。
誉田につぶされたといつまでも根に持ちながら、ダンサーの道を諦めていない江澤。
娘の穂乃果を失い、何の責任も感じない誉田を憎む、松浦夫妻の消えない痛み。
みんな苦しんで、もがいているね…。
どれをとっても、それぞれの「自分の立場」があって、心に迫るものがあります。
「カインは言わなかった」芦沢央|まとめ
「カインは言わなかった」は、芸術の「産みの苦しみ」を最大限突き詰めた先に見える世界。
素晴らしい作品を生み出そうと願えば願うほど、壮絶な狂気に身を投じることになります。
綺麗事ではない、正解も間違いもない…だからこそ、読者である私にも突き刺さるのです。
この作品を読んで何を感じるかは、芸術に対する考え方で変わるかもね!
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芦沢央さんの作品に多いのは、心がゾワゾワしたり、知りたくなかった本音を暴き立てるようなイヤミス。
ホラー小説も書かれていて、「火のないところに煙は」は、2019年本屋大賞にノミネートされました。
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