雑誌記者の里見高広と、天才美形絵師の有村礼のふたりが、「腰の低いホームズと高飛車なワトソン」として、数々の事件を解決していく「帝都探偵絵図シリーズ」。
シリーズ3作目は、怪盗ロータスが再び登場するなど、新たな展開に注目。
どんどん世界の枠を広げながら、深みを増していくシリーズに目が離せません!
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「人形遣いの影盗み」三木笙子|世界の枠を広げる3作目
シリーズ3作品目は、第1作目「人魚は空に還る」に登場した怪盗ロータスが再び登場するなど、より世界観を深めていっています。
螺旋階段のように、グルグルと同じ世界を回りながら、違う段から角度を変えて眺めているような感覚。
はたまた、万華鏡のように、回すたびに違う美しさを見せるような。
一面から見ていたら気づかなかった、新たな姿を見せてくれます。
6つの短編を収録|おすすめは「妙なる調べ奏でよ」
本作は、表題作の「人形遣いの影盗み」をはじめ、6作品からなる短編集です。
- 第一話 びいどろ池の月
- 第二話 恐怖の下宿屋
- 第三話 永遠の休暇
- 第四話 妙なる調べ奏でよ
- 第五話 人形遣いの影盗み
- 第六話 美術祭異聞 ※文庫版のみ
今回は、全作品で高広と礼のふたりがメインとなっていますが、変化球も混じっています。
「びいどろ池の月」では、女中の花竜の視点で話が進みますし、「妙なる調べ奏でよ」は、高広が礼の行動を監視するかたちを取っています。
高広と礼の周囲を取り巻く登場人物たちが、彼らとともに精いっぱい生きているんだな、と感じます。
第一話 びいどろ池の月
この珍しい切り口を、短編集のトップバッターに持ってくるところに、粋を感じます。
御茶屋びいどろの女中の美奈子が失踪。
花竜は、「『びいどろ』に行けば、好きな学校に入れてもらえる」という、妙な噂を聞きつけます。
花竜は、昼間は学校に通っており、友人の圭子はとても優秀です。
その圭子に、「急に近づいてきた人がいたとしたら、その人の言うことを聞いては駄目」と、思わせぶりなことを言われます。
1作目「人魚は空に還る」で登場した、作家の小川未明が、礼たちに同行してお茶屋びいどろに来ています。
すべての謎がひとつになるとき、ようやく高広の出番です。
礼の「高広!」という声が聞こえた瞬間、私の耳にもその声が聞えるような気さえしました。
第二話 恐怖の下宿屋
高広の住まう下宿、静修館の大家、梨木桃介が主人公。
高広が不在の折に、礼が尋ねてくるところから始まります。
下宿人だけでなく、ふらりと訪れた人にも食事を出してくれて、お母さんのように世話を焼いてくれる桃介。
「食べた分は働いていってよ。当たり前だろ」
しかし、食事の代金の代わりに、掃除や片づけ、薪割りなどを手伝わされます。
結構、人使い荒く、こき使うのですが、そのあと、できたことはきちんと認めて、褒めてくれるのです。
何気ない日常のワンシーンのようですが、実は…。
第三話 永遠の休暇
さすがに、明治時代であっても時代錯誤で古めかしく、インパクトは絶大です。
礼は、由緒正しい華族の松平家の姫君、雛に絵を教えに行っています。
松平家では、兄の顕芳が突然姿を消し、腹違いの弟の顕昌が跡を継いでいました。
雛は、兄弟は仲が悪く、兄は島流しにされたのではないかと疑っているのです。
高広と礼は調査を始めます。
すると、顕昌の違った一面が浮かび上がってきて…
並行して、礼の恩師である嵯峨画伯が、絵をやめて父親の跡を継いで政治の道に進むという話が入ってきます。
まだまだ、家柄や役割に縛られる時代です。自由の利かなさと、好きだからこそ離れるという愛に切なくなります。
「奇跡なのだな……」
礼がつぶやいた。
高広もうなずいた。
好きだという素直な気持のままに、好きなもののそばにいられること、ただ優しく守ることができるということ――それは奇跡なのだ。
それは目も眩むほど贅沢なことなのだ。
ふたりの胸の中にある、共通した思いは、高広と礼の関係にもそのまま当てはまっています。
第四話 妙なる調べ奏でよ
高広のライバル記者(?)の佐野から、礼が柄の悪い場所に出入りしているという情報を得ます。
礼が大切でたまらない高広のことだから、佐野に「有村センセの噂、知っとるか」と言われれば、目の色を変えて、焼き鳥を奢ってでも聞き出すというもの。
いつものホームズ役では、礼に「謎を解け」と詰め寄られて渋々考えているのに、今回の件は「必ず突き止めてみせる」と意気込みが段違いです。
一方で、礼も、高広に「さ、最近、何か変わったこと、ないか」と下手くそな探りを入れられて、うまくごまかせず動揺してしまいます。
いつも呆れるほど自信満々で我が道を行く礼ですが、高広には嘘はつけないのです。
高広は、寝る間も惜しんで速攻で情報を調べ、怒りに任せて乗り込んでいきます。
「この世界には良きものがある」
礼が憧れの眼差で、冷たい星が光る夜空を見上げた。
「僕はそれが好きで――たまらなく好きで、心乱される。こんなに素晴らしいことは他にないな、高広。好きなものに出会えて、そして夢中でいられること。傷つけられることも裏切られることも、恐れぬほど惹かれること」
高広は呑みこまれたように礼を見つめていた。
「そしてできることなら、それを、この想いを自分の筆で残したい。未来永劫、留めてみたい――」
「礼ならそれができるよ」
良きもの、美しきものに対するときめきや、狂おしい感情を語る礼と、その姿をじっと見つめる高広。
ふたりの、まばゆいまでの友情と信頼関係が素敵です。
第五話 人形遣いの影盗み
表題作です。高広は、義父で司法大臣の里見基博から、「影が盗まれた」という相談を受けます。
といっても基博ではなく、妻のよし乃が、政治家の大物・田無氏の妻から受けた相談です。
そんなことが本当にあるのでしょうか。爪哇の影絵売り、ワヤンという影絵芝居が絡んでいます。
影絵の人形に、爪哇の魔術で人間の魂を閉じ込めているというのです。ダランという人形遣いが、どうやら裏で糸を引いているようなのですが…
安西刑事の胸ポケットには、いつの間にか、ロータスの印、木彫の蓮が入れられていたのです。これは、宣戦布告でしょう。
礼に危険が及びそうになると、高広がかばったり、礼は高広を頼りにして、謎解きのシーンでは、自分のことのように高広を自慢します。ふたりの信頼関係が眩しいのです。
「だから言っただろう! 高広は名探偵なんだ」
怪盗ロータスと安西刑事との確執は、続編「怪盗の伴走者」で、より深く取り上げてくれます。
第六話 美術祭異聞 ※文庫版のみ
シリーズ愛読者にはおなじみの、森恵(さとし)が再び登場します。
第1作「人魚は空に還る」で初登場し、2作目「世界記憶コンクール」では、東京美術学校に進学して、唐澤幸生と友人になりました。今回は、幸生と共に美術祭の実行委員になっています。
「美術祭で第六講義室を使用するな。さもなければ恐ろしいことが起こる」という脅迫状が来て、美術祭に飾られる、小暮先生が描いた絵が傷つけられました。一体誰の仕業なのか、何のために…?
唐澤幸生と礼が初対面したときに、かしこまってる幸生と、それをからかう恵が微笑ましいです。
才能とは、なんなのでしょう。どんなに恋い焦がれても、自分には叶わないと感じたときの気持ちとは。
それでも好きなことなら、夢中になっていられるのなら、それこそが才能なのかもしれません。
好きなものを好きだと言えて、そばにいられる幸せ
礼の恩師の嵯峨先生は、絵が好きで、好きだからこそやめるのだといいます。
また、怪盗ロータスと安西刑事も、ただならぬ関係性を感じます。
現代は、個人の好きなこと、得意なことを、主張できる時代になってきています。
ですが、明治時代は、決してそうではありませんでした。たった100〜150年くらい前の日本です。
帝都探偵絵図シリーズが、具体的に明治時代のいつ頃なのかは明記されていませんが、明治時代は1868年〜1912年の45年間です。
家を守るため、周りの期待に応えるため、跡を継がなくては…
現代から見たら息苦しく、生きにくく感じますが、それが当たり前の時代があったのです。
そのただ中で、我慢を強いられたり、不本意な思いを押しとどめている、庶民の姿があります。
それでも、好きなものを好きだと言える、高広や礼のような存在は、生きにくい世に明かりを照らしてくれます。
美しいもの、良きものを追い求めて、傷ついてもひたむきに生きています。
スピンオフや長編も読んでみたいシリーズ
登場人物それぞれが、いいキャラクターなので、スピンオフへの期待も高まります。
まだメインで描かれたことのない、編集長の田所や、ライバル記者の佐野、高広の義姉の聡子など、周囲の登場人物の人となり、過去のエピソードも興味があります。
また、今までは、3作品とも、連作短編集の形態をとっています。
これまでのキャストが随所に登場するような仕立てだとなお嬉しいですね。
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帝都探偵絵図シリーズは、1作品ごとに紹介記事を書いています。
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