男子大学生が、9歳の少女を誘拐、監禁。少女はそれでも青年をかばっていた…。
そう聞いたら、世間の人はきっと「ロリコンの大学生が、女の子をそそのかして洗脳したんだ」と思うでしょう。
でも…本当にそうなのかな?
客観的に見た「事実」と、当事者しか知らない「真実」がある…「流浪の月」は、新しい人間関係を描いています。
「かわいそう」と同情する世間の目は、正義感なのかもしれないけれど、きっと誰のことも救えない。
よくある筋書きや、典型的な愛や家族のあり方が、本当に正しいのか…考えさせられる作品です。
「流浪の月」を解説するよ!
「流浪の月」凪良ゆう|登場人物
メインの登場人物は、世間にうまく馴染めないふたり。
彼女たちは、他人から見た姿と、真実の関係が違います。
本当のことって、ふたりにしかわからないんだと思う。
- 家内更紗…一家離散し、叔母の家に引き取られたあと、文に誘拐され、2ヶ月監禁されていた。
- 佐伯文(ふみ)…大学生の頃、9歳の少女を誘拐した小児性愛者。
- 家内更紗…父が亡くなり、自由な母は出奔。伯母の家に引き取られたあと、従兄に性的虐待を受けていた。公園で出会った大学生の文についていく。
- 佐伯文(ふみ)…自分の身体や精神のことで悩んでいた大学生の頃、更紗に出会う。いけないことと知りつつ、2ヶ月をともに過ごす。
ふとしたことから、更紗は「被害者の少女」になり、文は「加害者の青年」になってしまいました。
「流浪の月」凪良ゆう|あらすじと内容
更紗の母親は、浮世離れした自由な人でした。
たとえば、明るいうちからお酒を飲んだり、たまに晩ごはんがアイスクリームだったり、子どもには過激とされる映画を家族で観たり。
だけど「更紗はどれが好き?」「更紗はどうしたい?」と、いつも意見を聞いてくれました。
更紗はそんなお母さんが好きだったよ。
ですが、父親が病気で亡くなったあと、母親は彼氏と家を出て、そのまま戻ってきませんでした。
自由を大事にするのはいいけど、それはダメでしょ!
でも、更紗はお母さんのことをそこまで恨んでないというか、受け入れちゃってる感じがする。なんとなく。
更紗は、伯母の家に引き取られ、常識のある子どものふりをします。
伯母のひとり息子の孝弘は、夜になると更紗の部屋に入ってきて…。
周りに合わせてばかりで、窮屈で自由がなくて、もう何もかも嫌になったとき、文に出会います。
雨の日、傘を持たずに濡れていた更紗を、文は「うちにくる?」と誘い、そのまま文の家に住みつきました。
だけど…いつまでもこのまま暮らしてはいられないよ。
当然ながら、更紗の居場所が知られるのは、時間の問題。
文が逮捕され、更紗は事情を聞かれますが、どうしても本当のことを言い出せません。
文の容疑を晴らすには、更紗の証言は幼すぎました。
文は優しかった。文はわたしにひどいことはなにもしてない。ひどいのは、わたしにひどいことをしたのは…
更紗と文は引き離され、長い間お互いの消息も知らずに暮らしましたが、十数年後、不思議な縁でまためぐり合います。
名前のない関係だけど、それでもそばにいたい
更紗と文の関係には、名前がありません。
愛ではないし、恋人でも、家族でもない。友達というのもちょっと違う。
だけど、世界中の人に反対され、批判されても、更紗は文と一緒にいたい。
強いて言うなら、更紗の言葉にすべてが集約されています。
放浪の末、世界にたった二匹しかいない仲間にようやく出会えた動物って、こんな気持ちなんじゃないかな。
そばにいたいという気持ちに、名前をつける必要があるでしょうか?
ふたりの関係を、無理に型にはめようとすること自体、なんだか違和感があるよ。
更紗を被害者扱いしていつまでも同情したり、文を誘拐事件の犯人として白い目で見たり…そんな世間のために、ふたりは生きているわけじゃない。
よかれと思って、善意でかけられる言葉たちが、逆に彼女たちを傷つけて、追いつめていく。
本当のことは、ふたりにしかわからないし、他人が理解する必要もないことなのです。
凪良ゆうさんはBL出身の作家
凪良ゆうさんは、二次創作からスタートされ、BL(ボーイズラブ)を10年以上書かれてきた作家さん。
BLは、お約束が多いジャンルと言われています。
ふたりの男性が、攻めと受けで、最後はハッピーエンドで…という流れ。
だんだん、「この約束事がなかったら、もっと深く踏み込めるのに」と思うようになったんだって。
徐々に、型にはまらないストーリーを目指すようになり、一般文芸にもチャレンジ。
一般文芸で、より広い読者に向けた作品を書いたのは、「流浪の月」が3作目。
文庫じゃなく単行本としては、「流浪の月」が初の刊行だよ。
深く狭いファンに向けた独特のBL、自由に書けて多くの人に届く一般文芸。
これからも、どちらかひとつに絞らず、そのときご自身の書きたいものを書いていくと語っています。
「流浪の月」が受け入れられたのは、生きづらさを抱える人に届いたから
凪良ゆうさんが、一貫して描いてきたのは、人と人が理解し合えない生きづらさ。
「流浪の月」は、少女が大学生に誘拐されるという、あらすじだけ聞いたらセンセーショナルな作品。
だけど、ふたりの間に芽生えた心の交流を、繊細に丁寧に描いているからこそ、読者は「真実」に納得させられます。
私たちは、現実問題として、「家族だったら100%大丈夫」と言い切れないことを知っています。
子どもに殺される親、親に虐待される子ども…そんなニュースが絶えないもんね。
安らげるはずの家庭でも、つらい思いをしている子どもって、想像以上に多い。
だから、更紗が文に出会って救われたことも、文が更紗をかくまった罪に問われても恨んでいないことも、実体験がなくたって心から共感できるのです。
「流浪の月」凪良ゆう|まとめ
「流浪の月」は、新しい人間関係を深く描いた作品。
既存の価値観に人を当てはめて、わかりやすいレッテルを貼って、理解したつもりになるのって、よくあること。
わからないことって不安だから、つい自分の理解の及ぶ範囲に置きたくなっちゃうんだろうね。
ですが、そんな表面的な善意では、本質をつかむことはできません。
わからないものはわからないまま、そっとしておくのも、現代の私たちがとれる選択肢なのかもしれません。
関連記事
世間一般の「当たり前」からはずれて、生きにくさを抱える人は、実は世の中にたくさんいます。
寺地はるなさんの作品にも、そんなやるせなさが描かれています。
更紗と文は、家族ではありませんが、どうしようもなく結びつき、離れられない関係。
多様化している「家族」のあり方を問う作品を集めた記事です。
本を読みたいけれど、かさばるから持ち運びにくい、置く場所がない…とお悩みの方には「Kindle」がおすすめ。
いつでもどこでも、片手で読めるから便利。
私は、防水のiPhoneをお風呂に持ち込んで、Kindleで読書しています。
日替わり・週替わり・月替わりでセールがあるほか、Kindle Unlimitedでは、月額980円(30日間無料)で読み放題のタイトルもあるので、チェックしてみて下さいね。